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2008年01月14日

どんど焼き

地元の神社でどんど焼きがあるとお知らせが回ってきました。古い御札とゆきちゃんに頂いていた千羽鶴を持っていこうと思っていたのですが、御札の方はお母さんと探せども見つからず、千羽鶴だけを持っていきました。夏ちゃんはバトンの稽古に行っちゃってるので、お兄ちゃんと行ってきました。

境内ではすでに火が起きていて、近所のこども達がお餅を焼いています。

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お兄ちゃんも参加させてもらって、香ばしい焼餅を頂きました。写真は竹に刺しなおしているお兄ちゃんの手。

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どんど焼きは、お正月に使った門松やしめ縄、お守り、破魔矢などを焼いてもらうので、千羽鶴はダメかなぁと持って行ったのですが、世話役と思しきおじいさんに相談すると、「焼いちゃっていいの?」と逆に心配してくれて、短冊に書いてある“ゆきのちゃん、げんきになってね”を見て、「元気になった?」と聞いてくれました。残念ながら、と答えると、「あぁ、そう」と察して頂けました。

地域の消防団の方々が手際よく焼いていきます。ちょっとした山になる量でした。
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これまで、ここに引っ越して来てから、どんど焼きの案内が回ってきたのは初めてで、ダイオキシンが出るからとかいう理由でやってないと聞いていたのですが、世話役の人に聞いてみると、「毎年やってるよ」とのこと。「最近の人たちは知らないかもねぇ」と。どんど焼きで焼いたお餅を食べて健康祈願をしたり、舞い上がる炎で運勢を見たりするんだよね。

はじめ、お兄ちゃんが、「千羽鶴焼いちゃうの?」と聞いてきました。普通なら祈願が成就したダルマを焼いてもらうものですが、この千羽鶴たちも十分役目を果たしてくれたと考えて、焼いてもらいました。正しいご供養とは違うかもしれないけれど、何となくほっとした思いがします。

投稿者 ゆきの父 : 16:13 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年01月12日

『大江戸温泉物語』

お正月の書き込みと前後しちゃいますが、年末から三が日まで名古屋の母がこちらに来ておりました。年末は大掃除を手伝わせてしまって、「普段から片付けておかないと」と言われつつ、まぁまぁそう言わずに、としっかり手伝ってもらっちゃいました。

御礼というわけでもないのですが、温泉に行こうということで、1/2に『大江戸温泉物語』に遊びに行ってまいりました。昨秋に行ってきた劇団の連中が「よかったよー」と言っていたので、行きたいなと思っていたのです。

“温泉テーマパーク”ということで、単に温泉に入るだけでなく、江戸風の作りになってて、館内はずっと浴衣であるくスタイルになってました。さすが東京にあるだけあってか、外国人観光客もたくさんいて、かえってそれがいい雰囲気になっていたように思います。

泉質はナトリウム泉で筋肉痛や腰痛などに効くようです。顔をあらったらしょっぱかったです。熱めの温度設定で、入ると思わず、ふ~っと言ってしまいます。堪能いたしました。

“広小路”と呼ばれる通りには、いろいろ出し物や遊べるところがあって、お兄ちゃんと夏ちゃんは、手裏剣投げや吹き矢に挑戦してきました。

これは、射的に興じる夏ちゃんとお兄ちゃんです。
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これは、吹き矢に挑戦している夏ちゃんです。
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後ろで見ていた他のお客さんが、「あんな小さな子でも吹き矢飛ぶんだねぇ」と遠巻きに見てくれてました。まぁ、的には当たったけど、真ん中にはいかず商品ゲットはできませんでしたが、本人は出来たことが嬉しかったようです。

館内を浴衣と裸足で歩き回るので、最後にもう一回お風呂で洗うか、出口で足を洗えるようになっているといいなと思います。それから、“町人”になる(=会員になる)と入場料が割引になるのでお得です。フロントで申し込むと入会金300円がかかりますが、ネットで申し込むとタダで会員になれます。当日から使えるのでオススメです。

投稿者 ゆきの父 : 12:47 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年01月06日

『日本という方法』

あけましておめでとうございます
今年も“笑う門には福来る”と“心身の健康”を大切に過ごしたいと思います。

昨年読んだ本では、松岡正剛著『日本という方法』が一番印象に残っています。松岡さんの本は他にも、『17歳のための世界と日本の見方』が興味深いです。どちらも眼から鱗な視点、考え方を示しています。どうしても偏りがちなモノの見方や紋切り型に答えを求める姿勢にハッと気付かされる思いがします。とてもニュートラルで気持ちがいいのです。

普段、仕事をするとき、合理的な思考や効率的な行動が求められます。自分もリーダーとしてメンバーに求めます。そのこと自体は必要なことなのですが、だからと言って義理人情というかこころの部分を忘れてしまっては全くダメです。何を当たり前のことを、と思いつつも、このバランスや時を見たさじ加減が結局大切だよなぁと、新年改まって思った次第です。

養老孟司さんは、「頭で考えればわかるというのは誤り。物事は論理では決せず感情が制御する」とまで言ってます。「体に聞け」、「“衣食足りて礼節を知る”の意味」を説いておられます。「コンピュータに取ってはノイズは役に立たないが、脳は膨大なノイズを活かせる」と言ったのは茂木健一郎さんです。とかく、“二元論”や“唯物論”に陥りがちな西洋風の考え方を見直さないとなと思わせます。

進化論でドーキンスと闘っていたグールドの遺稿となった『神と科学は共存できるか?』を今年読もうと思っているのですが、書評によれば、「相補し合うものだ」と述べているようです。感覚的には、白黒つけるというよりは、どっちも役割があってそのバランスと言っているのではないかなと推測しています。絶対神の考えが深く根を下ろしているお国柄でこの結論を導くのは葛藤があったであろうと思います。

何だか年初めに堅苦しい文章になっちゃいましたが、自分が仕事場のリーダーであったり、家族の父親・夫であったりするので、「言葉に出さないと伝わらない」と思いつつも、「わかる人には言わなくても分かるが、わからない人には言ってもわからない」とか、「言う価値のあることかを自問してみる」とか、いろいろと思い迷んでいる日々に、何か試行錯誤するヒントになるような気がしています。『日本という方法』を読んで、そんな思いに駆られています。

「教養とは人の心を知ることなり」と言ったのも養老孟司さんです。さて、今年はどんな本に出逢えるかな。積読にならないよう頑張って読もうと思います。

投稿者 ゆきの父 : 15:20 | コメント (0) | トラックバック (0)