●脾臓摘出手術まで

●血小板減少

最初は採血検査をしては外泊するという繰り返しでしたが、2000/1/31の検査で脱水症状があることが分かり点滴となりました。その頃、病棟がかわり2階の東病棟、通称2東病棟になりました。1西より明るい感じの病棟で看護婦さんたちも友紀野のことをかわいがってくれ嬉しく思いました。

連日、MRIや胸部CT、採血検査が続きました。白血球を減らす薬(ロイケリン)を投与して最初1万5000くらいあった白血球は徐々に下がってきましたが、血小板もどんどん下がってしまいました。血小板の減少に歯止めをかけるため、2000/2/4(金)〜6(日)まで3日間、γグロブリンを点滴しましたが減少は止まらず、血小板の値が5000以下を低迷し(一時は1000まで下がった)、全身内出血状態で危険な状態となりました。

ついに、2/9(水)には血小板の輸血をすることになり、輸血のための説明が先生からありました。その必要性や危険性などを知らされました。そして同意書にサインしたのを覚えています。この後、友紀野は数え切れないくらいの血小板輸血をすることになります。多くの献血の善意に支えられたと感謝しています。

●HLA検査結果

白血球の型(HLA: Human Leukocyte Antigen)にはA座、B座、C座、DR座、DQ座、DP座など多くのタイプがあります。その中でも骨髄移植で着目されるのはA座、B座、DR座の三つで、各1対あるため合計6種類の型があります。それぞれに何十種類もの型があり組み合わせは膨大な数になります。骨髄移植にはこの型を合わせる必要があるとのことでした。他人とこの型が一致する確立はとても少ないのでまずは親・兄妹から調べることになります。

HLAの情報は遺伝子の中にあり、親から子へ受け継がれていきます。遺伝子が対になっているように、A-B-DRの組が2つあり、遺伝のときに母と父から1つずつそれを受け継ぐので、子どもには4種類の組み合わせが考えられます。つまり、兄妹でHLAの一致する確立は1/4ということです。そのため、蒼ちゃんの型が一致することを期待していましたが、結果は残念ながら友紀野とは不一致でした。蒼ちゃんが「一緒に決まっているよ」と言ってくれていたのに本当に残念でした。

友紀野も蒼ちゃんも父である私からは同じA-B-DRのセットを受け継いでいましたが、お母さんからはそれぞれが別々のセットを受け継いでいたのです。そのため、次女の夏ちゃんの検査をすることになりました。しかし夏ちゃんも不一致でした。皮肉なことに蒼ちゃんと夏ちゃんが一致しており、友紀野だけが違うセットだったのです。これでは兄妹からの骨髄移植はできません。

●臍帯血バンク

臍帯血というのは、お母さんとおなかの赤ちゃんを継いでいるへその緒と胎盤に含まれている血液のことです。この臍帯血には幹細胞という血液を作り出す細胞が多く含まれていることが知られていて、この幹細胞を骨髄移植と同じように活用する方法があると、先生から説明を受けました。
すぐに各地の臍帯血バンクにお願いして友紀野のHLAと一致する臍帯血がないかどうか検索してもらいました。その結果、一次検査で北海道臍帯血バンクで5/6一致する臍帯血が見つかりました。臍帯血であれば5/6一致すれば移植が出来るとのことでしたので、大変喜びました。こうしたバンクがあることにとても感謝いたしました。

●兄妹のこと

こども医療センターは完全看護でしたので、付き添いは必要がなかったのですが、幼い子どものことですから面会時間には必ず会いに行きました。残念ながら病棟にはほかの兄妹が入れない規則でしたので、蒼ちゃんと夏ちゃんをどうするかが問題になりました。病院にある相談室に行ったところ、近くの保育園を紹介されましたので、蒼ちゃんは幼稚園の延長保育を頼み、夏ちゃんを紹介された保育園に預けてお母さんが友紀野の面会に行くことにしました。私は夕方会社を早めに退勤して会いに行っていました。
名古屋のおばあちゃん(私の母)や高知のおばあちゃん(お母さんのお義母さん)に来てもらい蒼ちゃんと夏ちゃんを面倒見てもらえないか頼みました。高知のおばあちゃんが来てくれ、しばらく同居してもらうことになりました。そうは言っても子どもたちはお母さんが恋しい年頃で、特に夏ちゃんはまだ8ヶ月くらいでしたのでおばあちゃんは大変だったようです。
兄妹が長期入院ということになると、他の兄妹にどうしてもしわ寄せが行きます。「友紀ちゃんは大変なんだよ」とか「お兄ちゃんでしょ我慢しなさい」とか。心がけて公平に接するように努めようとしましたが、果たしてどこまで出来たかは自信がありません。

友紀野、蒼ちゃん、夏ちゃん、お雛様の前で
友紀野、蒼ちゃん、夏ちゃん、お雛様の前で
(脾臓摘出手術前に外泊した時の写真。手の甲、腕に内出血が見える)

●G-CSF

いろいろな検査の結果、JMMLであることが確定的になりました。当初、血小板の減少から特発性血小板減少性紫斑病(ITP)という病気も疑われたのですが、違っていました。友紀野の場合、増殖した白血球はほとんど70%以上が単球成分で好中球がほとんどないという状態でした。そのため、感染症を起こしやすくなる危険性がありました。
その時、先生からG-CSFという薬があって、友紀野の異常増殖した単球の表面を調べるとこの薬の受容体が100%あることが分かったと言われました。この薬を使うと何とその単球が好中球に変るというのです。驚きましたが、すぐにその薬を使うことをお願いしました。

●脾臓摘出手術とIVH

入院後の経過で、肝臓と脾臓の腫れがどんどん進行して危険なため、脾臓の摘出を行ったほうがよいという先生から説明されました。脾臓は免疫系に関与している臓器とのことで、摘出してしまっても問題はないが、6歳くらいまで(免疫力がつくまで)は、抗生物質を続けなければならなくなるとのことでした。友紀野は歩けないくらいお腹が膨らんでおり、血小板の減少も脾臓が原因とのことでしたので、手術もやむなしということでした。ただ、血小板が減少していて血が止まりにくい状態での手術なので外科の先生は厳しいオペになりますと言っていました。
この手術の時に、一緒にIVHという頚静脈カテーテル(鎖骨下から皮下を通して首筋の静脈に入れ心臓近くまで挿入)を入れる手術も同時に行うことになりました。このカテーテルが入れば、毎日の採血や点滴で針を刺さなくてよくなるので、肉体的にも精神的にも負担が減ります。友紀野は、点滴や採血の跡が腕や足のあちこちに内出血になっていてとてもかわいそうでしたので、早くIVHを入れてあげたかったです。
手術にあたり、T先生からこれまでの経過も含めて改めて病気の説明がありました。その時、頂いた資料が病院からの説明資料(2000.3.2)です。資料にまとめて説明してくださり分かりやすくありがたく思いました。
翌日、2000/3/3(金)に手術が行われ、無事に成功しました。担当して頂いた外科の先生は生体肝移植も手がけているO先生と琉球大学から小児の研修に来ている(凄腕という噂の)F先生という方が執刀してくださり、立ち会ったT先生から「血管1本1本丁寧に処置してくれていました」と後で聞きました。摘出後の脾臓を見せてくれましたが、確かに大きかったです。
脾臓を摘出することで、血小板の減少を緩和することが期待されるので、実施したわけですが、確かに術後は血小板を輸血すると増えるようになったので効果があったと見えます。これまでは、輸血しても輸血しても増えないので危険な状態でしたから、それだけでも明るいニュースでした。
友紀野は、手術後2日くらいは大分痛がっていましたが、その後落ち着きました。しかし、せっかく慣れた2東の内科病棟から5西の外科病棟に移ってしまい、知らない看護婦さんばかりになってしまったのが不安を助長しているようでかわいそうでした。順調に回復すれば一週間くらいで、また2東に戻れるとのこと。経過を見ながらいよいよ骨髄移植に向けた準備が本格的に始まります。北海道臍帯血バンクで見つかった血清学的5/6一致ドナーの正式な申込をしたので、バンクからの返答待ちの状態です。
暫くは、血小板は輸血と副腎皮質ホルモン(プレドニン)でコントロールし、白血球はロイケリンでコントロールしていくことになりました。

●病院との出会い

血液科のT先生は、 何の為の検査かとか、この結果で何が言えるかとか、この状態改善につかう薬は何で、どんな効果があって、副作用がどれくらいあって、そのリスクよりもメリットの方が大きいので使いますとかきちんと説明してくれました。また、面会時間以外には自宅に電話をくれて容態や様子を知らせてくれるなど、いわゆるインフォームド・コンセントには全く不満がない、とても親しみの持てる良い先生です。
しかも、JMMLが属する「MDS (MyeloDysplastic Syndrome) 骨髄異形成症候群」の治療研究会にも入っておられて、最新の情報と他の患者さんの具体的な経過を参考にしながら治療にあたってくれました。逆に、友紀野のデータも研究会に提供してもらって役立ててもらえることになりました。
2東病棟では、6人部屋になりましたので他の子どもたちの親御さんとの交流がもてました。他の患者さんたちの話を聞くと、それぞれ病気は異なりますが、こども医療センターにたどり着くまでにいくつもの病院を渡り歩いて、やっとここで診断がついたという人が多くて驚きます。実際、聞いたことも無いような病名だったり、進行性の小児ガンだったり。友紀野の場合、タライ回しにされることも無く、たまたま紹介された病院がこども医療センターで、しかも友紀野の疾患の専門家の先生に巡り合えたこと、臍帯血ドナーが見つかったことなど、運がいいと有り難く思いました。

友紀野のタンポポ畑
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