病院からの説明資料(2000.08.15)

注:この説明資料には日程の情報も含まれておりましたが、移植日を特定できないように修正させて頂いております。


非血縁者間骨髄移植前の説明

■同種骨髄移植の適応と意義

  1. 造血幹細胞ないしはそのある分化段階の異常に由来すると考えられる疾患の場合,全身照射や大量抗癌剤による「前処置(conditioning)」によって,自分自身の骨髄細胞を全て破壊することによって,原疾患による異常細胞を根絶し,その代替の造血幹細胞を補給することで,正常な造血能を確立するものです.
  2. 更に,移植した細胞の同種効果,即ち,Graft versus Leukemia(GVL)効果によって,前処置によって破壊されても尚微少に残存する異常細胞を除去しようとする働きが生じるとされています.
※ 現在までに確立した骨髄移植法では,自分自身の全身照射や大量抗癌剤による「前処置(conditioning)」によって,骨髄細胞を徹底的に破壊するという手法が一般的です.これは,強力な免疫抑制にもなるため,拒絶を防ぐためにも必要と考えられています.これに対して,骨髄非破壊移植法(ミニトランスプラント)という移植法で,前処置を軽減し,同種反応をより効果的に利用した移植法が,特にHLA適合同胞間骨髄移植の一部で始まっておりますが,まだ治験段階であり,標準的な手法もまだ確立しておらず,その統一的評価もまだ定まっていないのが実状です.

■MDS-JMMLに対する非血縁者間骨髄移植

 MDS-JMMLは,まさしく造血幹細胞ないしはそのある分化段階の異常に由来すると考えられる疾患と考えられ,今までのところ,化学療法によって寛解状態が得られることはなく,同種造血幹細胞移植の適応と考えられます.HLA適合同胞ドナーが得られない場合,代替ドナーからの造血幹細胞移植は,絶対適応の疾患と考えられます.幸運にも,骨髄移植推進財団のドナー候補が最終同意に達し,既に骨髄採取の秒読みの段階に入りました.
 1999年9月,日本小児血液学会の報告によれば,1998年12月迄に本邦の施設にて施行され,登録された造血幹細胞移植の内,JCML(=JMML)に対する非血縁者間骨髄移植は,17名に対して行われており,その内,生存は,10名,死亡は7名です.生存の内,無病生存は9名です.
 当センターでは,JCML(=JMML)という診断された患者は,創設以来30年の間に,友紀野さん以外に6名おります.そのうち,造血幹細胞移植を行ったのは,3名,他の移植を行っていない3名の方は亡くなっておられます.移植を行った3名は,HLA適合同胞間骨髄移植,非血縁臍帯血移植,HLA不適合血縁者ドナーのCD34陽性細胞選別純化法による骨髄移植がそれぞれ1名ずつです.残念ながら,CD34陽性細胞選別純化法の患者さんは,拒絶後再発のため,なくなっており,他の2名は無病生存中です.CD34陽性細胞選別純化法については,HLAがどんな不適合のドナーからも骨髄移植が可能な方法として一世を風靡しましたが,生着不全や拒絶が多く,現在では,適応が絞られるようになっております.

■非血縁者間骨髄移植の最終的な問題点

 非血縁者間骨髄移植は,前処置が終了した後に,骨髄採取が行われるものです.これは,処理されていない生のままの骨髄がそのまま投与できることで,細胞のviabilityが損なわれないことは,利点でありますが,ドナーに突然異常な状態が生じた場合,ドナーからの骨髄提供が出来なくなるという最大の問題点はらんでおります.
 事実,骨髄移植推進財団ドナーにおいて,今までにそのような事例があります.それは,ドナーが感染症に罹患したため,骨髄採取行為が不可能であり,かつ,そのような骨髄を提供されることで患者側も危険と判断された事例です.
 この様な場合,対処法としては,次のような方法が考えられます.HLAが2座以上不一致の臍帯血幹細胞を用いるもの,もう一つは,HLA不適合の血縁者からのCD34陽性細胞選別純化法による幹細胞移植を行うものです.いずれも,かなりリスクを伴うものです.
 非血縁者間骨髄移植に当たっては,予め,このような,ドナーに関するリスクを考慮する必要があります.

■HLA検査

 骨髄移植において,移植細胞が移植を受けた患者の体に確実に生着し,かつ,移植片対宿主病GVHDがコントロール可能な範囲内に収まるのに最も重要な要素は,患者とドナーのHLAが一致することが重要です.HLAは,第6染色体短腕に位置する遺伝子群によってコードされる細胞表面抗原群です.HLA抗原は極めて多形性に富んでおります.移植との関連が重要なのは,クラスIとクラスIIです.クラスIには,HLA-A, B, Cの3種がありますが,特に重要なのは,A座とB座です.これに対して,クラスIIには,DR,DQ, DP抗原があります.特に重要なのは,DR抗原であり,特に,DRB1遺伝子が重要です.
 非血縁者間骨髄移植においては,HLA-A, B, DRの血清型抗原の一致ばかりでなく,DNA型が重要であるという報告があります.本邦では,骨髄移植推進財団ドナーからの移植例をretrospectiveに解析した厚生省「組織適合性に関する研究班」の報告で,HLA-A, B座のDNAタイプの不適合が,急性GVHD及び生存に有意に影響をもたらしているという解析結果が報告されています.この報告では,DR-B1遺伝子の差違は,急性GVHDの発症並びに生存に関与していないという結果も得られています.これに対して,米国シアトルのグループでは,米国骨髄バンクと共同で行った検討から,クラスI(つまりHLA-AやB)のDNA型が一つ異なる場合には,急性GVHDや生存に影響がないが,クラスIIの不適合の場合には,急性GVHDの発症に影響があるという報告を出しています.非血縁者間骨髄移植とは少しはずれますが,非血縁臍帯血移植の場合のデータでは,「かながわ臍帯血バンク」の移植結果の解析から,HLA-DRB1の不適合は,急性GVHDの発症及び生存に有意に関与する重要な因子であることが報告されています.
 友紀野さんと骨髄バンクドナーのHLA検査の結果をお示しします.HLA-A, B. DRでは,血清学的には一致しておりますが,A座の1つがDNAタイピングのレベルで不適合です.
患者 ドナー
A座 A2(0201) A26(2603) A2(0206) A26(2603)
B座 B61(4002) B48 B61(4002) B48
DR座(DR-B1) DR14(1401) DR15(1501) DR14(1401) DR15(1501)

■血液型と輸血

 友紀野さんは,血液型がAB, Rh+でドナーは,A, Rh+です.つまり,血液型不適合移植です.血液型不適合の種類には次のようなものがあります.
  1. Major mismatch:患者血漿中にドナー血液型に対する抗体が存在するとき.
     A型(ドナー)→O型(患者)
     B型(ドナー)→O型(患者)
     AB型(ドナー)→A型,B型,O型(患者)
  2. Minor mismatch:ドナー血漿中に患者血液型に対する抗体が存在するとき.
     O型(ドナー)→A型,B型,AB型(患者)
     A型(ドナー)→AB型(患者)
     B型(ドナー)→AB型(患者)
  3. Major/minor mismatch:患者血漿中にドナー血液型に対する抗体が存在し,ドナー血漿中に患者血液型に対する抗体が存在するとき.
     A型(ドナー)→B型(患者)
     B型(ドナー)→A型(患者)
患者O 患者A 患者B 患者AB
ドナーO Matched Minor Minor Minor
ドナーA Major Matched Major/minor Minor
ドナーB Major Major/minor Matched Minor
ドナーAB Major Major Major Matched
血液型不適合移植時の対応は,次の通りです.
  1. Major mismatch:赤血球除去,ハプトグロビンの投与.
  2. Minor mismatch:未処理(行うとしても血漿洗浄),ハプトグロビンの投与.
現在では,成分輸血ですので,輸血は,赤血球がA+, 血小板がAB+となります.

■骨髄生着

 非血縁者間骨髄移植は,HLA適合血縁者からの骨髄移植に比べて,拒絶や生着不全の可能性が高まります.このため,これまでに確立している骨髄移植法では,前処置に全身照射を含める方が生着率を高めるとされています.
 移植の生着の判断は,末梢血液中の白血球数1000/μL到達日・好中球数500/μL到達日,網赤血球数10‰到達日,血小板数20000/μLまたは50000/μL, 赤血球や血小板輸血からの離脱の状況に加えて,定期的な骨髄検査が必要になります.最初の3ヶ月は,骨髄検査の日程は標準的に定まっており,移植後2週間,4週間,2ヶ月,3ヶ月です.
 移植後,ドナーのタイプに変化したか否かは,ドナーとの個人識別で判明します.素朴な方法では,血液型の変化を見るものがありますが,その他VNTRキメリズム解析法,HLA A2に関するDNAタイピング,SRY遺伝子(男性決定遺伝子,Y染色体上の遺伝子)によるの確認等があります.血液型判定は,赤血球の寿命が6ヶ月あることを考慮すると,現在では補助的方法と言わざるを得ず,各種遺伝子解析法の方が,より早く,より鋭敏に判明します.ただし,これらの方法は,殆ど自費扱いとなります.

■骨髄移植の前処置

  1. 基本骨格は,非血縁者間骨髄移植の一般的前処置に準拠して,全身照射の含まれた方法TBI regimenを用います.すなわち,全身照射TBI+VP-16(エトポシド)+CY(シクロホスファミド)です.前処置は,移植日をday0とし,遡ってday -1, day-2...と数えていきます.逆に,移植後は,day1,day2...と数えていきます.
  2. 全身照射TBIは,1日2回に分けて,Day -7〜Day -5の3日間行います.Total doseは12Gyで1回2Gyずつ行います.それぞれの投与開始時間は,9時半と15時半です.照射は全身になるべく一定の線量がかかるように照射します.とはいっても,肺野は10%程度の線量が下がっていることがこれまでの実績で分かっており,これは肺野を守るという点で好都合です.体の位置を変えたりすると,線量が変わってしまい,危険ですので,原則として,幼少のお子さんの場合,鎮静剤や静脈麻酔剤を用いて,眠っている間に行うようにします.この麻酔薬としては,ペントバルビタール(商品名:ネンブタール)を用います.TBIによって,特発性間質性肺炎の発症や,白質脳症の合併が知られております.
  3. VP-16(一般名:エトポシド,商品名:ベプシド)は,Day -4に60mg/kgを24時間点滴で行います.発熱や発疹等のアレルギー反応が生じることがあります.その場合,感染性の原因でないことが判明すれば続行します.血圧低下等のショック症状を伴ったアナフィラキシー反応が起こることもあります.この場合には,この薬剤投与は一旦中止します.VP-16は,トポイソメラーゼII阻害剤として作用しますが,2次発癌,2次性白血病の発症がとの関連が指摘されています.しかし,移植前処置に用いた場合,2次性白血病の発症は少ないと言われております.
  4. CY(一般名:シクロホスファミド,商品名:エンドキサン,以降「エンドキサン」と略称) は,Day -3〜Day -2にそれぞれ1日当たり60mg/kgを点滴投与します.副作用を考慮して2回に分割投与します.主な副作用は,出血性膀胱炎です.この予防のためには,MESNA(商品名ウロミテキサン)をエンドキサン投与量の120%量を一部はエンドキサン投与前に点滴静注で,他は24時間持続点滴で投与いたします.エンドキサン大量投与の場合,心筋障害や腎障害を来し,致命的な経過を辿ることがあります.
  5. 塩酸グラニセトロン(商品名:カイトリル):セロトニンブロッカーと呼ばれる種類の鎮吐剤で,抗癌剤投与や点滴薬です.前処置の間は,続けることになります.吐き気が強いときには,1日2回迄使えます.TBIの時には,TBIの前に点滴で投与します.
  6. 以上は,白血病等に対する骨髄移植の前処置としては典型的な前処置ですが,現在,末梢血の白血球数が100,000/μLを越えており,(説明日当日は200,000/μL)この大半は異常細胞と考えられますので,前処置によって,急激にこれらの細胞が崩壊することで,急性腫瘍壊死症候群という合併症を来す可能性があります.この可能性を少しでも逓減させるために,前処置に先立って,異常細胞数を予め減少させるcytoreductionを行うという考え方があります.骨髄系の異常細胞に対して効果的な薬剤としては,VP-16があります.急激な崩壊は危険ですので,VP-16をまず通常量の半量,すなわち50mg/m2をまず投与し,次いで翌日に100mg/m2を投与して,TBIにつなげるようにします.
日程 薬剤 投与量
Day -9 VP-16 50mg/u: cytoreduction
Day -8 VP-16 100mg/u: cytoreduction
Day -7 TBI 2Gy×2
Day -6 TBI 2Gy×2
Day -5 TBI 2Gy×2
Day -4 VP-16 60mg/kg:MESNA120%CY/day
Day -3 CY 60mg/kg:MESNA120%CY/day
Day -2 CY 60mg/kg
Day -1    
Day 0 UBMT 抗ヒスタミン剤+M-Pred,haptoglobin

■移植とその前投薬

 移植細胞は,血液型がminor mismatchですが,上記に説明いたしたように,そのまま輸注します.用量が多い場合には,2日に分けて輸注する事があります.
 前投薬として,次のような薬剤を静注します.
ハプトグロビン 溶血を防ぐために点滴します
メチルプレドニゾロン(ソルメドロール) 副腎皮質ホルモンです.骨髄液に含まれる血漿蛋白等によるアレルギー反応を防ぐために点滴投与します
マレイン酸クロルフェニラミン(ポララミン) 抗ヒスタミン剤です.骨髄液に含まれる血漿蛋白等によるアレルギー反応を防ぐために点滴投与します

■骨髄移植時の感染症

 非血縁者間骨髄移植で造血能が回復してくるのは約3-4週間です.この間,造血能はほとんどないといっても過言ではありません.白血球はほぼ0で推移し,赤血球輸血や血小板輸血が頻回に必要となります.造血能回復促進のため,G-CSF製剤(顆粒球コロニー刺激因子:一般名:レノグラスチム,商品名:ノイトロジン)を移植5日目より,十分な骨髄回復が図られるまで続けます.しかし,なんと言っても,白血球が完全に0になりますので,重症細菌感染が最も危険です.細菌感染症の進入経路は,消化管であり,特に,非血縁者間造血幹細胞移植ではこれが最も危険であると言うことを考慮して,バンコマイシンによる消化管滅菌を前処置の時から行います.
 実際に38℃以上の発熱があれば,直ちに,モダシン,セフメタゾン,アミカシンという3者の抗生剤の点滴静注を行い,その効果が3日以上ない場合には,スルペラゾン,カルベニンという抗生剤の組み合わせに変えたり,培養検査で菌が同定され,感受性のある抗生剤が判明すれば,その抗生剤を用います.これは,白血球・好中球が回復するまでは粘ることになります.
 なお,骨髄が回復するときには,勢いよく回復し始めますので,時としてサイトカインが高まって,発熱したり,肺水腫が出現するなどの生着症候群と呼ばれる症状が出現することがあります.
 真菌感染は予防するのが最も良い方法です.従来と同様,真菌症の中でも,カンジダのみならず,アスペルギルスを網羅するアムホテリシンBすなわち,ファンギゾンシロップ内服に加えてファンギゾン吸入を1日3回行います.ファンギゾンシロップの内服が困難な場合,また,真菌感染が疑われるような持続する37℃台の発熱に加えて,アスペルギルス抗原,カンジダ抗原,β−D-グルカン等の真菌感染の検査結果に基づき,ファンギゾンの持続点滴を開始します.ファンギゾン点滴は腎障害を起こしやすいという欠点があります.また,ファンギゾン点滴で血清のカリウムが低下したり,熱が出たりすることもあります.
 カリニ肺炎の予防には,スルファメトキサゾール・トリメトプリム(ST合剤)であるバクトラミンを移植前2日迄内服し,移植後は,好中球が500/μLを越えたところで再開します.
 骨髄移植における単純ヘルペス感染症(単純疱疹)の発症抑止を目的にアシクロビル(ゾビラックス顆粒)を投与いたします.前処置開始から始めて,通常は移植施行後35日迄投与します.どうしても,内服不可能な場合,保険で適応にはなっておりませんが,点滴に代用します.水痘・帯状疱疹ウィルス感染の場合にも用います.これらの感染症を疑う場合,投与期間を延長します.
 非血縁者間の造血幹細胞移植では,移植の中でもとりわけサイトメガロウィルス感染症になりやすいので注意が必要です.移植前の状態は,友紀野さんはもともとサイトメガロウィルスに既感染であり,しかも,サイトメガロ抗原血症状態を調べるサイトメガロウィルスアンチゲネミアが陰性で,サイトメガロウィルスが体内ではactiveな状態ではないと考えられます.ドナーもサイトメガロウィルスは既感染です.サイトメガロウィルス感染予防のガンマグロブリン(商品名:ベニロン)を1週間に1回点滴いたします.このベニロンは,通常のロットではなく,サイトメガロウィルス抗体価の高力価のものを用います.更に,サイトメガロウィルス陰性献血者からの輸血といたします.また,前処置に併せて,ガンシクロビル(商品名:デノシン)を投与して,体内のサイトメガロウィルスを根絶いたします.移植後は,少なくとも1週間に1回は,血中のサイトメガロウィルスアンチゲネミアを測定し,少しでも陽性となれば,フォスカネット(ホスカビル)を開始します.抗サイトメガロウィルス剤のガンシクロビルの欠点は,骨髄抑制が強いという欠点があるからです.ただし,ホスカビルにも欠点がないわけではなく,腎機能障害が強いということと,HIV感染者のサイトメガロウィルス網膜症のみ保険適応となっており,骨髄移植後の投与は自費扱いになります.
 サイトメガロウィルス感染症が一旦発症すると,骨髄移植の場合,治療は困難をきわめます.症状としては,間質性肺炎,腸炎,網膜症などを呈します.GVHDの悪化と相関関係にあります.
 骨髄移植後Epstein-Barr(エプシュタイン バール) virus関連リンパ増殖性疾患EBV-LPDは,骨髄移植後の最も厄介な感染症です.day30以降に肝脾腫,異型リンパ球の増加,間質性肺炎,間質性腎炎などの症状で発症し,発症すると致命的です.ATG投与例やT細胞除去骨髄移植,非血縁者間骨髄移植, ATG投与例(GVHDの予防及び治療), grade II以上の重症GVHDに比較的多く発症するといわれています.骨髄移植や臓器移植後の免疫抑制状態では,特に細胞障害性Tリンパ球の低下により, EBウィルスや,サイトメガロウィルス等DNA型ヘルペスウィルスの既感染のウィルスを再活性化させ,再燃させます.このことがまた GVHDを悪化させるという悪循環に陥ります.治療法は,まだ確立したものがなく,大半は致命的な経過を辿りますが,臓器移植例では,免疫抑制剤を減量して改善したとする報告あります.しかし,骨髄移植後は,それは,不可能なことが多いので,ドナーリンパ球輸注療法が行われることがあります.EBウィルス感染症に対するドナーリンパ球輸注療法は,血液量が少なくてすむことから,骨髄採取後のドナーの全身状態に問題なく,かつ,ウィルス等の感染症に罹患していなければ,ドナーが同意すれば,ドナーリンパ球輸注療法を行うことが可能です.

■粘膜障害と疼痛緩和

 前処置や長期白血球低下により,今までに経験したことのないような粘膜障害が出現します.この粘膜障害に対して,今のところ有効な治療法は見いだされておりません.粘膜障害によっておこる不都合な症状は,粘膜障害の伴う疼痛,下部消化管粘膜障害による下痢,粘膜障害による食事摂取不能,粘膜障害が潰瘍化して進展することによる粘膜出血(吐血・下血),粘膜障害による気道の狭窄・閉塞及びその結果としての呼吸困難等があげられます.
 疼痛緩和は,予防投与法と,疼痛があった場合に投与する方法といずれの方法がよいかということが問題となります.現在の考え方は,on demandにself controlにて疼痛緩和ができるのがよいという方向になりつつあります.とは言うものの,疼痛の表現方法には個人差がきわめて大きく,また幼少の子どもの場合,表現も必ずしも明確ではなく,その上self-controlも困難です.従って,初めは疼痛や不穏などの症状を見ながら,on demandの形で投与しながら,次第に早期に定時投与,あるいは,持続点滴投与とするのがよいだろうと考えられています.疼痛緩和の薬剤としては,第1段階目としては,弱オピオイドのペンタゾシン(商品名:ソセゴン)をon demandに点滴静注し,それでもコントロールできない場合には,第2段階として,やはり弱オピオイドの塩酸ブプレノルフィン(商品名:レペタン)の8時間毎の定時点滴を行います.更に痛みが激しくなれば,塩酸モルヒネの持続点滴を行います.塩酸モルヒネの副作用は,便秘と掻痒感です.便秘は通常,粘膜障害に伴う下痢と相俟って釣り合いがとれるようです.掻痒感は,ヒドロキシジン(商品名:アタラックスP)やd体マレイン酸クロルフェニラミン(商品名:ポララミン)を投与します.
 粘膜障害の痛みのために,食事摂取ができなくなり,また,消化管全体の粘膜障害のため,激しい下痢が生じて,吸収障害が起こります.このため,高カロリー輸液の点滴を行い,栄養不足となることを防ぎます.粘膜障害は,白血球が増えてくると痛みがなくなりますが,後を引くようで,1ヶ月過ぎても,味覚が変わったり,味覚を感じないなどと言うことがあります.

■移植片対宿主病(GVHD:Graft versus Host Disease)

 移植後GVHDは,免疫反応から起こる反応で,自分自身と他者を区別し,他者を排除する原理に基づいております.自分自身の免疫力は前処置で殆ど破壊されていると考えられますから,今度は,移植された造血幹細胞にとっては,移植を受けた患者の体=宿主は,他者であります.そこで,他者を排除する原理から,移植細胞が,患者さんの体を攻撃し始めるわけです.急性GVHDと慢性GVHDに分かれますが,まず進展が早く,もっとも致命的な急性GVHDについて述べます.急性GVHDとして最も,症状としてでるのは,皮膚症状,消化管症状(下痢や下血),肝症状(黄疸)の3つが有名です.しかし,その他にも,非定型な症状として,微熱ないし中等度の発熱がでることが少なくありません.症状発現としては,少ないことですが,発症すると致命的になる肺症状もあります.皮膚・消化管・肝臓・肺はいずれも,宿主側の免疫細胞が豊富な場所です.
 急性GVHDは,各臓器症状と,それらを総合したgradeによって表現されます.
Clinical Staging of Acute Graft-versus-host disease
Extent of organ involvement
Skin Liver Gut
Stage
1 Rash on <25% of skin Bilirubin 2-3mg/dL Diarrhea > 500mL/day
or persistent nause
2 Rash on 25-50% of ski Bilirubin 3-6mg/dL Diarrhea >1000mL/day
3 Rash on >50% of skin Bilirubin 6-15mg/dL Diarrhea >1,500mL/day
4 Generalized erythroderma
With bullous formation
Bilirubin >15mg/dL Severe abdominal pain with or without ileus
Grading of Acute Graft-versus-host disease
Grade Skin Liver Gut
I Stage 1-2 None None
II Stage 3 or Stage 1 or Stage 1
III Stage 3 or Stage 2-3 Stage 2-4
IV Stage 4 or Stage 4 Stage 2-4
 GVHDに対処するには,まず予防が重要です.予防の第1歩は,HLAをあわせるというところから始まります.友紀野さんの場合,HLAは,上記にも述べましたように,血清学的にはA座,B座,DR座は全て一致しておりますが,A座の遺伝子座が1つ合っていません.このリスクの程度は,上記に述べたとおりです.
 次に,予防法は,最近の薬剤の進歩に伴い,近年,標準的な方法に確立して参りました.非血縁者間骨髄移植では,短期メソトレキセート(MTX)とタクロリムス(商品名:プログラフ:FK-506)を用います.短期メソトレキセートは,移植後1日目に15mg/m2,3日目,6日目,11日目に10mg/m2を投与するというものです.タクロリムスは,移植日の前日,あるいは腎機能障害が問題となる場合には,移植日当日から,0.02mg/kg/dayを24時間持続点滴するものです.タクロリムスの最大の副作用は腎機能障害です.とりわけ,移植前処置によって,腎機能が潜在的には低下しているとされるため,この腎障害は致命的です.このため,投与量の最適値を決めることが重要です.この最適値は,この数年の全国的な骨髄移植症例の集積で判明して参りました.1週間に2-3回,血中濃度を測定し,血中濃度のtarget pointが 10-15ng/mLとなるように調整すれば,良好な効果が現れるというものです.タクロリムスと類似した薬剤としては,シクロスポリン(サイクロスポリンA(CyA, CsA);商品名:サンディミュン)があります.副作用も類似しています.しかし,非血縁者間骨髄移植のように,GVHDがより強く出現すると考えられる移植の場合,タクロリムスの方が優れているということも分かって参りました.いずれも点滴薬と内服薬があり,経口が可能となれば,内服薬に移行します.因みに,生体肝移植の場合には,殆ど,タクロリムスに移行しております.
 タクロリムスとシクロスポリンの最大の副作用は,腎障害ですが,その他に,血圧が上昇傾向にあります.これは,腎機能障害があるのに加えて,末梢血管での調節が不良になるためと考えられます.高血圧に対しては,利尿剤(フロセミド:商品名ラシックス等)を用いたり,Caブロッカーであるニフェジピン(商品名:セパミット,アダラート等)を用いたりします.更に,白質脳症という副作用が知られております.それぞれ,CyA脳症,FK脳症等呼ばれています.白質脳症は,無症候性のものから,痙攀等の症状出現まで多彩ですが,タクロリムスやシクロスポリンを減量・中止すれば元に戻るのが一般的です.このために,事前に頭部MRI検査を行ったわけです.移植後にも,必要に応じて,頭部MRIを行います.
 GVHDの治療は,まずは,メチルプレドニゾロン(商品名:ソル・メドロール)によるパルス療法(大量投与500mg/m2を3-5連日投与した後,減量していく方法)があります.タクロリムスの血中濃度をtarget point上限値ぎりぎりに調整します.また,それでも,コントロールできないときには,ATG(抗胸腺細胞免疫グロブリン)を用います.この製剤には,ウマ血清由来のものと,ウサギ血清由来のものがあり,前者は保険適応となっておりますが,後者は自費です.
 慢性GVHDは主に移植後3ヶ月以降に出現する症状で,全身型と限局型に分かれます.非血縁者間骨髄移植では,慢性GVHDが出現しやすくこのために,退院後も,長期に渡り,免疫抑制剤を止めることが出来ないのが実状です.

■前処置に関連した合併症とVOD

 前処置全般の副作用としては,心筋障害,肝機能障害,腎機能障害,呼吸障害,中枢神経障害(白質脳症,脳血管障害等)が現れることがあります.先程述べた免疫抑制剤やTBIその他の薬剤性による白質脳症もその一つです.前処置中にも現れますが,前処置後,1ヶ月を経過してからでも現れることがあります.前処置中や前処置直後の場合,急変することがあります.骨髄移植特に非血縁者間骨髄移植では,必ずしも,全身状態がよい状態で骨髄移植をうけられるわけではありません.また,骨髄移植を行わないと,現在の症状が改善しない場合には,全身状態が多少悪かったり,臓器障害を認めていても,移植自体を遅らせるわけには参りません.
 前処置に関連した合併症の一つとして肝臓の中心静脈閉塞症VODという重大合併症が起こることがあります.これは,右腹部が痛くなり,肝臓が腫大し,腹水がたまり,体重が増えてしまうという症状を呈します.肝臓の中心静脈を形成する細い静脈系の血管内皮が前処置によって障害を受け,局所に凝固障害を起こして,血流が悪くなることで起こるものです.病態としては,門脈圧亢進症です.肝細胞が破壊されるわけではないので,肝臓の逸脱酵素GOT(ASO)やGPT(ALT)は上昇しませんが,ビリルビン値が上昇します.前兆として,血小板を輸血しても上昇しないということがあります.丁度,白血球が増えてくる移植後2-3週目頃から起こることが多いようです.
 予防法は,いろいろ提唱されていますが,あまり,有効なものはないようです.ヘパリンを持続的に点滴することにより,細い血管をつまらないようにしようとする試みがあり,これは,あまり弊害が少ないのと,保険上もさして問題ないので,一般的に行われています.ヘパリンよりも,出血傾向が少ない低分子ヘパリン(ダルテパリン:商品名フラグミン)を前処置時より24時間点滴します.ウルソデスオキシコール酸という胆石溶解剤がありますが,これが,VOD予防に有効という報告があり,今回,これには,さしたる副作用もないため,用いることに致します.
 VODが発症してしまったら,水分制限をしたり,利尿剤(特にカリウム保持型の利尿剤であるスピロノラクトン(商品名アルダクトンA:内服)やカンレノ酸カリウム(商品名:ソルダクトン;静注薬))を用いて保存的な治療をすることが多いですが,場合によっては腹水を取り除いたり,血漿交換という治療が必要になることがあります.
 移植前処置あるいは移植後に精神症状を呈することがあります.多分に,原疾患に基づくもの,前処置に関連したもの,その他の薬剤性の原因,無菌室に拘束されることによる拘禁症状やその他環境要因に基づくものが考えられます.実は,これは,器質性の病変に基づくものがあり,精神的症状か器質的原因かを区別することは重要です.このためには,必要に応じて,脳のCT, MRI検査や,脳血流シンチを行う必要があります.

■非血縁者間骨髄移植後の晩期障害

 この移植治療の最大の欠点は,特に前処置の放射線照射や抗癌剤により,自分の正常な体も傷つけてしまうことです.
 成長と不妊の問題:前処置によって,下垂体機能低下等の中枢性要因により,更には,性腺等の直接臓器の障害により,造血幹細胞移植を受けた9割以上の方に低身長と不妊が生じます.前処置に放射線照射を用いないブスルファンの場合でも有意差がないということが最近の研究で分かってきております.また,甲状腺機能低下症も見られることがあります.
 もう一つ,長期的には,2次発癌の可能性があります.これは,普通の方でも,1/3の方が,癌にかかりますが,造血幹細胞移植を行うと,普通の方より発癌の確率が上がるようです.通常は数年以内の問題ではなく,5年以上先の話です.
 脱毛の問題:造血幹細胞移植の前処置の放射線照射やブスルファンが原因で脱毛が生じます.症状としては,毛が薄いままとなってしまうことが多いようです.

友紀野のタンポポ畑
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